2013年7月4日木曜日

今世紀前半の日本の企業社会の最大の問題

営利で動く企業が、しかも最近は四半期決算次第で株主から締め上げられるぐ場のその経営行の方々が、いくら長期的には利益に資するからといって、この不況下で、足元では単なるコストにはかならない若い世代の人件費を増やすわけがないですよね。本当は団塊の叫代の退職で自動的に人件費総額が下かってきますから、その一部を若者に同してもコストの純増にはならないのですが、普通の会社は。種の条件反射で、その分までもコストダウンをしてしまうでしょう。そして商用をさらに値下げして「消費者に奉什」する。ですが若者を安い給料で使うことで、日本の消費者の使えるお金がどんどん減っていき、巡り巡ってあな九の売上も減っていくのです。避けられないことなのでしょうか。‐本企業はコストを増やすことには何でも反対なのでしょうか。

であればたとえば、なぜこれほどまでに多くの企業が、「エコ」「エコ」と唱えているのでしょう。ISOの取得も地方の意欲ある中堅中小企業にまですっかり行き渡った感がありますが、これって目先で考えれば単にコストを増やす行動ですよね。そうなんです。もし日本の企業がどれも近視眼で足元の利益を極大化することしか考えていないのであれば、こんなに皆がお金をかけて、ここまで環境に配慮した企業活動をしているはずはありません。では彼らはなぜそこまで環境配慮にコストをかけるのか。企業イメージアップという目的もありましょうが、それ以上に人きかったのは公害の経験なのではないでしょうか。

高度成長期に多くの企業が、足元の利益を長期的な環境保全についつい優先させてしまった結果、多くの地域で環境が甚大に損なわれてしまった。それどころか健康や人命を損なう例まで続出した。そのマイナスが余りに人きく、誰の目にも明らかになったために、「環境には配慮しよう、目先の利益を少々犠牲にして環境にお金をかけることは、社会的に必要だし株主も許す」という認識が行き渡ったのです。七〇代にはまだ、「環境を利益に優先するなんてなんという青臭い議論だ」と訳知り顔に話す政財界人がいたに違いない。ですが今や、この厳しい不況下ですら「環境関連のコストを削って、その分配当しています」と自慢する企業は見たことがない。実際にはそういうことをやっている会社かおるかもしれませんが、そんなことは到底大に語るべき自慢のタネにはならないのです。

であればこそ、です。今世紀前半の日本の企業社会の最大の問題は、自分の周りの環境破壊ではなく内需の崩壊なのですから、エコと同じくらいの、いやそれ以上の関心を持って若者の給与をヒげることが企業の目標になっていなくてはおかしい。本当は「エコ」に向けるのと同等、いやそれ以上の関心を、若い世代の給与水準の向Lに向けなくてはおかしいのです。「人件費を削ってその分を配当しています」と自慢する企業が存在すること自体が、「環境関連のコストを削ってその分配当しています」と自慢する企業と同じくらい、後々考えれば青臭い、恥ずかしいことなのです。

そもそも内需縮小は、地球環境問題よりもはるかに重要な足元の問題ですよ。世界的な海面上昇への対処という問題なら、米国や中国に明らかにより多くやるべきことがある。なのに、そういう地球環境問題にはあれはどの関心と対処への賛意を見せる日本人が、どうして若い世代の所得の増大に関心が持てないのか。世界的な需要不足が今の地球経済の大きな問題であるわけですが、こちらはどうみても購買力旺盛な米国や中国のせいではなくて、内需の飽和している日本により大きな責任があると世界中が思っています(今般の経済危機は米国のせいだという人がいるかもしれませんが、米国の経済崩壊は、内需不足に苦しむ日本企業が米国人に借金を重ねさせて製品を売りつけ続けた結果であるということも事実です)。これに対処するのって、政府だけの責任なのでしょうか。私は政府よりも企業の方にずっと大きな責任と対処能力が、両方しっかりあると思っているのですが。