国営重工業の拡大の原資は、低価格食料の確保とシェーレであり、それゆえ農民と都市労働者の消費はいちしるしい低水準におかれてきた。これを反映して、軽工業品の消費市場は発展をみせることはなかった。軽工業部門はシェーレを通じて膨大な利潤をえたとはいえ、その利潤のほとんどは工商税とともに国庫に上納され、これが重工業拡大の原資とっていった。重工業優先政策の帰結である。
農民と都市労働者の所得水準は低く、軽工業の育成は軽視され、圧倒的な規模で投資拡大をつづけたのが重工業であった。その製品販路を自部門の内部で自己循環させるより他に方途はなかったのである。国営企業相互間で流通する生産財は、価値法則の作用する「商品」ではなく、「物資」であった。
各種の国家物資供給部門がその供給の任にあたった。鋼材、工作機械などは国家統一分配物資であり、コークス、鉄合金なども主管部門の管理物資であった。これらは「商品」とは峻別される「物資」として、重工業部門内を低価格で自己循環していた。その意味で、重工業部門は、中国経済における非効率の「島」を形成していたということができよう。
重工業化を正当化し得る論理は、重工業部門(生産財部門)への傾斜投資が初期的には消費水準を抑圧するものの、長期的には他の代替的戦略に比較して、より高い消費水準を国民に保障するというものである。しかし、重工業部門の圧倒的な非効率性とその自己循環的性格は、その期待を明らかに裏切るものであった。