2012年6月21日木曜日

企業の中で

企業で臨床心理士として、働く人たちの心のサポートをされている箕輪尚子さんにとっては、人間が働くことの意味をはっきりさせておきたいという要求は、一般の人以上に強いのは当然でしょう。次のような質問を寄せておられます。

「現在、日本において大半の労働者の仕事は大きく変化しています。仕事の内容や進め方が変わってきました。専門化が進み多様な専門性を統合して仕事が進められて、商品や製品がつくられていきます。そして、多い情報量の中で、非常に速いスピードが要求されています。

このような労働環境の中で、労働者は自分の仕事について技術的、能力的についていけなかったり、なんとも知れないあせりを感じたり、どこまでやっても達成感を得られなかったりしています。かつ、非常に長い労働時間に拘束されています。

フロイトは、人間の生きる喜びは、愛することと働くことと言ったそうです。私も、働くことは人間が成熟するための過程であると考えて、産業領域で労働者のサポートをしてきました。しかし、現代の『労働』、『働くこと』はなにを意味するのでしょうか。

いま、たくさんの労働者の無気力や倦怠感、はては自殺という状況を見ていますと、仕事に対して心理療法家はどのような価値観をもって、働くことへの援助をしたらいいのでしょうか」

心理療法家がどこで仕事をしているかで、考え方や関心も異なってくると思いますが、たとえばスクール・カウンセラーをしている人は、「学校とはなにか」、「教育とはなにか」と考えざるをえないし、産業カウンセラーをしている限りは、こういうことは考えざるをえないでしょう。

どんな場所で心理療法をやっていても、こういう問いかけが出てきて、それを考えつづけることがわれわれの責務とも言えます。もちろん、答えは簡単に出てこないかもしれませんが、そういうことを考えるのをやめたら、心理療法家はだめになってしまいます。

そこで、「労働とはなにか」、「働くこととはなにか」ということを考えたとき、一つには、そういうことに関して書かれたいろいろな文献を読むことが大事でしょう。身近な人から話を聞くだけでは、どうしても範囲が狭くなりがちです。

たとえば、日本人は働くことをどう考えているか、キリスト教文化圏ではどう考えているか、アラブ人はどう考えているか・・・とか、そういうことを調べるだけでも楽しいものです。

仕事を遊びと対立させて考えている人もいれば、仕事と遊びの区別がなく、仕事を楽しんでやっている人もいます。そこで、遊びとはなにかを考え、そういうことについて書かれた本も読んでみる。いまは、そういうことについて書かれた内外の多くの文献が簡単に手に入ります。

また、カウンセリングや心理療法を真剣にやっていれば、考えざるをえない、本を読まざるをえないということが自然に起こってくるものです。そして、そうした必要から読んだことは、現実の問題と関係してきますから、ただなんの気なしに読んだものよりずっとよく身につきます。