2014年12月5日金曜日

ヒンドゥー原理主義

『現代インドの展望』古賀正則、内藤雅雄、中村平治編岩波書店石器、広大な国土に多様な人種、言語、力-スト、文化的伝統からなる人間集団を膨大に擁するインドは、それ自体がさながら一つの世界である。独立以来、インドが多文化主義を国家統合の原理とし、この原理の制度化に最大の努力を傾けてきたのはそれゆえである。

ヒンドゥー教徒が全人口の八割をこえるものの、ヒンドゥー教は国教ではない。セキュラリズムすなわち宗教と政治の分離が国是とされ、マイノリティーの権利擁護をもって共生的な多元社会の創出が求められてきた。強力な労働運動や高組織率の農民組合運動なども、他の開発途上国に例をみない。普通選挙にもとづく代議制、共和制下の連邦制国家、インドが「世界最大の民主主義国家」だといわれるのもゆえのないことではない。

錯綜した政治文化的世界インドの民主主義が、時にポピュリスム(大衆迎合主義)、時に強権主義の攻撃を受けて順調には進んでこなかったのも無理はない。本書はその主題の一つに、苦難に満ちたインド型民主主義をさらに後退させる勢力として急浮上したヒンドゥー原理主義運動のありようを取り上げ、インド政治の危機の諸相を描写している。

ヒンドゥー原理主義を標榜するインド人民党(BJP)がこの国最大の政党として登場した事実を見据えて、内藤雅雄氏は「多様で複合的なインドを一枚岩的なヒンドゥー社会として捉え、ヒンドゥー文化の絶対性を説くことで、他の宗教コミュニティ、特にムスリムーコミュニティヘの対決とその排除を公然と表明するこの勢力の姿勢は、民主主義へのあからさまな挑戦である」と述べる。そしてこの挑戦は「半世紀におよぶインド型民主主義が築いた最も良質な部分」を侵害する危機的状況だと中村平治氏はいう。本書はインド社会の生々しい現実全局度の水準を保ちながら伝えている。

アジアの経済的成功を奇跡とみなす羨望のまなざしが、いつの間にやら嫉妬の心情へと急変したのであろうか。誰もが「ダイナミックーアジア」のことを千篇一律のごとくに論じる饒舌に飽き飽さして、このあたりでバラ色のアジア論に冷や水でもかけてやりたくなったのであろうか。アジア通貨・金融危機の現実を目のあたりにして、アジア高成長の時代は終焉してしまったかのようなセンセーショナルな報道が相次いでいる。先だってまでアジア謳歌の報道に熱心であった同じジャーナリズムがである。